お台場を南に下り防波堤

 あまり精神状態がよくなく、仕事はだましだまし、家にいる時はつねに布団をかぶってだらだらTwitterをしているような生活をしている。

 土日も特に特筆すべきことは起こらなかった…と思ったが、1個だけ、友人とドライブした。特に理由もなく、散歩みたいなもので、当日に誘ってみたらOKだったので一緒に行った感じだ。

  • 環二を反時計回り
  • 新橋のあたりを右折
  • 第一京浜を南下
  • 田町のあたりで旧海岸通りへ左折
  • そのまま道なりにレインボーブリッジ(下道)
  • そのまま台場を南下して中央防波堤へ
  • ゲートブリッジを渡ってすぐにUターン
  • そのまま大田区へ侵入
  • 平和島交差点を右折(左に270度だけど)
  • そこから首都高に入り、平和島PAで休憩
  • 後は首都高で家の近くまで

 という感じで、渋滞もなく、かなり効率的に移動できた。しかも、一度も道を間違えなかったというか、無駄な移動がなかった(えらい)。こういうの、文字にするとわかりづらいから地図にして一目瞭然にしたいんだけど、ブログはやはりテキストのみでなくてはという気持ちもある。

 ドライブ以外は死んだように過ごした週末だった。特に進捗らしい進捗はない。

この土日大半鬱で寝過ごした

 まずもって一つ。パソコンがぶっ壊れた。

 より詳細に言うと、

  • iMacが何度も固まるようになる
  • 再起動を繰り返しながら騙し騙し運用するようになる
  • その内、起動プロセスの途中で電源が切れるようになる
  • 以下、無限ループ

 という状態になった。
 このため、

  • 外付け機器が悪さしてると思い、外部ディスプレイやUSB機器を外す
  • Shiftを押しながら起動することによるセーフモード起動
  • Shift+Rを押しながら起動することによるディスクユーティリティ
  • ↑のあと、ディスクチェック

 等の対策をしてみたが、なんら効果がなかったので、OSのクリーンインストールしかないと思い、HDDをフォーマットした後、Sierraを入れ直した。ここまでやって、やっと正常に起動するようになったが、HDDの内部にあったファイルはすべて消えてしまった。

 …とは言っても、GmailiClouddropboxも生きているし、最近パソコンでやることなんてSNSブラウジングしかないので、ほとんど実害は無かったと言ってもいい。学生時代からシコシコ溜めていた写真や音楽は吹っ飛んでしまったが、写真はなんだかんだiCloudにあるし、音楽も今更聴き返すこともあまりないし、いざとなればストリーミングサービス入ればいいいし。

 再インストールにより息を吹き返したこのiMac。ただ、こいつも早くも5年目に突入しているので、近いうちにまたダメになる可能性が高い。そろそろ次のパソコンのことを考えておいた方がいいだろう。ああ、金がとんでいく。

 この土日は、虚無的な考えに囚われ、何をする気も起きない(でもTwitterはする)、何を見ても面白くない、もはや寝るしかないという精神状態になっていたため、大半を寝て過ごしていた。バイオリズムの波における下りの部分であることはわかっているのだが、辛いし、やはり年齢が進むにしたがってどんどんきつくなっていく気がする。辛さがどんどん増えているのに生き続ける意味とはなんなのか…。色々なものをメンテした方がいいのだろう。パソコンとか、体とか、人間関係とか。

山域という概念を知ったのだ

 ここ数日は平和に労が過ぎている。遅刻することもなければ、何か事件が起きることもない。

 こういう時は空いた時間というのが出てくるもので、ひたすらwordのワイルドカードを自習していた。サボりではない。これがいつかめぐりめぐって業務の役に立つかも知れないのでサボりではない、多分。
 今までは「(*)」(こう書くといやらしい記号みたいだ…)を使って、カッコで囲まれた部分を色付けする等に留まっていたが、

  • [0-9]{1,2}
  • ^13
  • [!a-z]

 などの記号を覚えて活用が爆発的に広くなった。
 直接的な活用法としては、pdfで公開されている条文を上手く生テキストに変換する方法を開発した。pdfで公開されている文は、段落の途中の改行がそのまま改行記号として処理されてしまうので、他のテキストソフトに貼り付けた時にブツギリの文章になってしまう。そのためには改行記号を消去する必要があるが、中には必要な改行(条文の初めとか)があるので、それをエスケープする必要がある。
 自分が見た条文の初めには必ず

 があることに気付いたので、それ以外の改行記号を消せばいい。

^13([!¥(,[①-⑩])

¥1

 なる置換をすることにより目的の処理をすることに成功した。

 他には、ネットに転がっている文章を本のような体裁に整える遊びをしていた。個人ブログの名文等は、すごくいいことが書いてある割に段落字下げとかやっていなかったり、注釈を全部まとめて文末脚注にしていたりするので、それらをうまく置換したりフォント変換したりして、まるで文庫本のような体裁にする遊びである。

  • 「体裁」で行頭1字下げ
  • 段組を設定
  • [0-z]をTimes New Romanの14ptにして英数字をかっこよくする(これだけだと行幅が大きくなるので、それも体裁で固定)
  • 「*」をゴシック体にしてカッコ内のフレーズを浮き立たせる(これは面白かったからやっただけだけど、読みやすいかは不明)

 などなど。縦書きの二段組みにすると一気に雑誌のような印象に、横書きの二段組みにすると一気に論文のような印象になるので不思議である。世の中に構造と表現の分離の考え方が広まって欲しい。内容もレイアウトも決めたいという傲慢な考えがゴミwordやゴミexcelを生み出す。


 プライベートでは少しやらかしがあった。友人がfacebookで「奥多摩にある御岳山にいってきました〜」という記事を上げていたので、twitterの方で「facebookでこのような書き込みをみつけて、青梅市だと突っ込みたかったが大人なので我慢した」みたいな書き込みをしたら、その友人(twitterも一応やってる)から「山域で奥多摩って意味だよ」というリプライが来たのだ。
 さ、山域…。それは知らなかった。これではまるで俺が間違った知識を元に陰口を叩いためっちゃ嫌な奴ではないか。というかそれ以外の何者でもない。即刻「エアリプのような形で大変失礼しました。指摘してくれてありがとう」と返信したが、まあ失礼なことをしてしまった。そんなに気にしてないのか、実は内心めっちゃむかついているのかはわからないが、気まずい。(自分が同じことをされても、誤りを認めてくれさえすればそんなに腹は立たないと思うが、相手も同じ考えかはわからない)
 もしまたリアルで会う機会があれば「この間はすまんかった」と言いたいのだが、そもそもそんなに会う間柄ではない。向こうはもう結婚してるし、二度と会わないかも知れない。やってしまったなあという感じである。というか、これが人生最後の会話になるのは少し悲しい。

 御岳山が市域として青梅市に所属しているのは知っていたし、もし勘違いしていてはいけないと思いぐぐって裏取りもした。自分はそういう裏取りはする方で、だからこそ確証を持って誤りを指摘したつもりだった。その上で山域なる概念があったのは俺の知識不足なのでしょうがない。ただ陰口の形になってしまったのは明らかに悪手だったなと反省している。

 これからは、相手の誤りを指摘する時は行政界だけでなく山域も調べることにしよう。(その前に誤りを指摘するのをやめればいいのでは…)

日記にも書けないことはかなりある

 また少し日が空いてしまった。

 5/20(土)と5/21(日)は愛知県に帰省していた。

 5/20は、朝に愛知県に帰り、実家で昼食を食べ、午後は上映会(聲の形、シンゴジ)の準備をしていた。実家のリビングにあるTVをプレハブに写して、それにPS3(BD再生用)、各種AV機器を接続して環境を整えた。この作業も3回目なので、そろそろ効率化が必要だろうと思って以下のような改善をした。
 まず、何回もリビング⇔プレハブを往復する必要があるので、複数人が簡単に靴をはけるように外履きスリッパを3足購入した。
 また、毎回倉庫の奥から色々なケーブルを掘り出して右往左往していたので、筆箱メソッドとしてエディオンで各種ケーブル(HDMIケーブル、ステレオミニ⇔ピンプラグのケーブル、ピンプラグ⇔モノラル標準プラグ変換アダプター)を買った。以後、これらを上映会セットとして実家に常備することにした。

 上映会は平和に終わった。その夜には事件があったが(事件性はない)(意味不明)、日記に書けるような話ではないので省略する。ちなみに時を遡ると、この日の午前にも事件があったのだが、詳細を書くと自分のポンコツさが露呈してしまうので省略する。日記にも書けないことは、当然ながらかなりある。
 これが本当に犯罪性のあることとか、重大な個人情報に関わること(隠し子とか)であるならば、そもそも知っていることすら隠さなければいけないのだが、幸か不幸かそういうのはこれまでの人生上あまりない。

 5/21は、午前中は兄と込み入った話をして、午後は車で出かけた。弥富、海津、養老、大垣のあたりをめぐった。養老天命反転地はなかなかアバンギャルドな公園だった。夕方に東京に帰った。

 友人や家族と色々な話をした帰省だった。人生色々あるなという感じである。甥っ子も成長していた。当たり前だが時間は流れていく。人生が虚しさを増す中で選択コストはどんどん増えていく。少年時代に戻りたいとは思わないが(それはそれで辛いこともあったし不自由だった)、大人になっても人生は続く。恐ろしい。

 5/22は、普通に業務があった。先週の後半からポンコツ性を使い切ったせいか、特にミスなく出勤から退勤までをキメた。人間関係でも、特にいらんことを言うこともなく適切なコミュニケーションができたと思う。(こう書くと普段からいらんことばかりを言っている問題人物みたいだ)(いや、言っているのかもしれないが)
 自分の中に言いたいことが渦巻く瞬間というのがあって、そういうのが抑えきれないといらん発言をしてしまうのだと思う。もしくはTwitterクソリプや謎のニュース上からコメントを流してしまうのだと思う。この日記自体がそのいらんことの集合体のようなものだが、限りなく他人に迷惑をかけることが少ないという点でまだマシである。こういうチラシの裏に文字を叩きつけることで、普段の生活の抑制が効いてくるならば、いくらでも書くというつもりである。

お土産はすべて滅べばいいのでは

 アレな二日間であった。

 まず5/18は離島に日帰り出張。これは良い。色々な人間の調整を取って現場を見てもらった後に承認を得るという一大事だが、実質的な仕事はそれが円滑に進むように書類作成とか段取りをすることなので、それが終わった後の今日の一日だけを見ればもはや島巡りである。果たして出張は平和に終わり、仕事的には一段落ついたという感じだ。

 さて、その後問題が起こった。職場への儀礼的なお土産を買ってフェリー(正確にはジェットフォイルだが、船でもフェリーでも不正確なので雰囲気重視でフェリーと書く)で東京へと帰ったが、自宅に帰った後お土産をフェリー内に忘れていたことがわかった。やってしまった。このまま5/19に出勤をすれば、お土産を忘れた人間として汚名を刻むことになる。いや汚名は別にいいんだけど(よくない)「実はこういうお土産を買ったんだけど、そのあとジェット船に忘れてしまって…」という言い訳をしなければならない。そういう無駄な説明をして周りに無駄なエントロピー増大を起こしたくない。
 しかも質の悪いことに、買ったお土産を職場の同行者が見ているということである。例え今から別のお土産を用意できたとしても「あれ、お土産が違ってないですか?」というツッコミが入れば、「実はこういうお土産を買ったんだけど、そのあとジェット船に忘れてしまって、更に埋め合わせをしようと思って別のお土産を買たんだ」という言い訳をしなければならない。こうなると傍からみたら意味不明である。いや、普通に取りにいけよ、とか、一日遅らせればいいじゃん、とかそういったツッコミが集中砲火されるであろう。個人的には別にお土産の出費が余計に1,000円かかろうが、それによって悲劇を防げれば別にいいのだが、普通の人間はそこで無駄な出費を取りたくないものらしい。その違いを説明するのは自分にとってすごくストレスである。個人出張ならこんな悩みもなかったものを。

 とりあえず竹芝桟橋に電話しようと思ったが、管理所は17:00までしかやっていないようだった。ダメモトで行ってみるしかないかないということで、速攻でカーシェア車を借りて、自宅→市ヶ谷→四谷→虎ノ門→汐留→竹芝みたいなルート(ほとんど環二をぐるっとしていただけである)で竹芝までたどり着いた。結果として、待合所にちゃんと忘れ物として補完されていたので無駄な出費(ここでいう出費とは金銭的なものではなく、精神的コストとか説明コストを含む)をせずに済んだ。本当に良かった。(電車で行けばよかったのでは、という問いに対しては、なんか癪だったしせっかくだからドライブしたかったというほかない)(普通の人は電車で行くだろう)(これも説明コスト…)

 なんでお土産とかいう何の意味もない物体のためにこんな気苦労と時間と出費を…。

 しかし事件はこれだけでは終わらなかった。なんと5/19の出勤の日におみやげを持ってくるのを忘れるというミスをした。電車に乗る前に気付いたので自宅に引き返したが、何ともアホな結果である。朝起きて荷物を3つ以上(カバンと出張用具とお土産)忘れずに持っていくとか、どだい常人には無理な話だったのだ。今思えば、お土産は前の日に自転車のカバンに突っ込んでおくべきだったのだ。盗難リスクはあるが、それよりも忘れ物リスクの方が嫌だ。

 無事にお土産を改修してまた最寄り駅に向かうと、今度はなんと財布と携帯がないということに気付いた。前日、車で竹芝に向かう時にハンドバッグに移し変えたままだったのだ。疲れ切ってそのまま寝てしまったが、これも仕事用カバンに突っ込んでおくべきだった(いつもは突っ込んでいる)。この結果、出勤の朝に駅に3回向かい直すという最高にアホなことになった。どれもこれもすべてお土産のせいである。お土産がなければこんな悲劇は起きなかった。お土産とか滅べばいい。

 どの道、この時点でもはや定時出勤は無理だったので、職場には体調不良と連絡して1時間休を取った。これで職場には「なんか体調不良で遅れてきたけど、普通に出張を終えてお土産を持ってきた人」と認知されるはずだ。これが一番説明コストの少ない道のはずだ。

 それにしても自分のポンコツさとお土産の極悪さに悩まされた二日間だった。とりあえず、お土産を買ったら無理にでもカバンに突っ込むとか、職場に持っていくものは前日に自転車のカゴに突っ込んでおくとかフールプルーフを徹底するしかない。ほんとお土産とか滅べばいいよ。

 労の場で何があったのかを書く気力もないが、Wordのワイルドカード正規表現ぽいなにかを使えることと、置換前文字列( )でかこうことにより置換後に¥nという変数として使えることを覚えた。これで法律の自動解析が進むかもしれない。コマンドプロンプトだと*がそのまま変数になるからシンプルで楽なのだが。

自主的に綺麗に使用して欲しい

 最近の睡眠リズムが少し変わったものになりつつある。まず家に帰る。この時19:30ぐらい。スーパーで買った食材をたいらげる。疲れと満腹感から布団に横になる。そして起きると早朝3時ぐらい。この後たっぷり二度寝をできればいいのだけど、そういうことにはならず7時ぐらいまでダラダラした後、急に眠気がきて、7時〜8時まで白昼夢のような短い睡眠を取り出勤にいたる。
 以上のような流れが定番になっている。
 自分の体はどうなってしまうのか…。遅刻とかしない限りは大丈夫だと思うけど。

 労の場では急なトラブル対応があった。そのせいで上司に報告をしたりほうぼうに電話をかけたりといったことがあった。自分の責任ではないし、そんなに面倒くさいことではないので淡々と進めるだけなのだが、トラブルをかけた側が無自覚というか、申し訳なさゼロみたいな感じなのでちょっとイラッとした。事務処理というのは伝言ゲームで成り立っているので、このようなことはよくある。

 後輩(PCができると信じていた)と、ファイルサーバを整理しないといけないということを話した。職場のファイルサーバが無秩序に運用されすぎてゴミ置き場と化している上に、いざという時にはそのゴミ置き場から宝を見つけ出さないといけないということがよくあるので、社会的損失であると感じている。

 後輩は「会社の金で委託とかできないんですかね〜」と冗談で言っていたが、調べたところだとNECとか富士通がそのようなサービスをしているらしい(検索した)。社会人をする前だとそのPRページを見てもなんのこっちゃと思っただろうが、今なら「ああ、そういうことね…」というのがよくわかる。業務改善コンサルタントというものが存在する意義もなんとなくわかる。こういうのはある程度の規模になると、作業やPCというより、段取りと調整の領域になる。自宅の庭のレイアウトを変えることは個人のがんばりで可能だが、日本中の道路を右側通行に変えるのは現実的には不可能だ。慣習には集団の規模に応じた慣性質量のようなものがあって、それが大きいと永遠に動かせないということはままありそうだ。

 それにしても、スペースとかお金の使いみちには敏感な人であってもファイルサーバをゴミ置き場のように使うのはどうにかならないものか。管理者がいないのがそもそも問題だが、理想的には、各人が自主的に綺麗に使用して欲しいものである。

プロシージャ間の変数受け渡し

 昨日と今日の労はおおむね平和に過ぎ去った。毎日がこのくらいの負荷なら楽勝なのだが、得てしてこういう時にさぼっていた代償が後にあって現れてくるのが定番の流れなので、こういう余裕がある時に先手を打って未来の災厄の芽を潰しておかなければならない。
 昔は、仕事のことを先まで考えすぎない主義だった気がするが、今は少し変わって、先のことを考えて攻めの一手を打てる状態ならばどんどん考えるべきという主義になった。(もちろん、先にことを考えて憂鬱になるだけなら無駄だし、精神的にもよくないので、そういった状態ならば先のことは忘れてしまった方がよい)
 色々と予定を組んだりタスクを洗い出しをするなどしたが、まだ漏れがあるような不安はある(当然ながら、自分では完全にはわからない)。はやく未来予知ができる超能力者になりたい…。

 未来のことを考えると、どうしても死のことが頭をよぎるが、頭の中で大きな流れを想定して、自分はその一部だということが受け入れられればマシになるかなという気はする。そういう風に動いていければ、概ね周りの人間関係とか仕事とかもスムーズに行くだろうし。

 仕事がヒマな時間が多かったので、VBAの練習をしていた。具体的にはプロシージャの分割とか、プロシージャ間の変数の呼び出しとか。麻雀の牌姿をシュミレートして、清一色七対子の聴牌になるパターンがちゃんとP(9,7)/6!になっていることや、清一色四暗刻単騎(こんな手を張ることが生涯であるのか…)のそれがP(9,5)/4!になっていることを確かめることなどした。仕事の役に立つかはわからない。まあ、役に立たなくてもこっそりやるのだが。いや、この前は強制セル結合のVBAを組むのに役立ったか…。
 プログラムを組むと、プログラムによる簡単な模式化と現実のズレに気付かされて面白い。具体的には、七対子の聴牌を計算する時は、n&nの文字列を""に置換する命令を出して、最終的に1枚残ったものを聴牌としていたが、これだと4枚使いを許容してしまう。また、四暗刻単騎でそれをする時は、n&n&nの文字列で同様の処理を行ったのだが、これだと槓子刻子+単騎待ちとみなしてしまう。頭が良すぎる人はここらへんまでシミュレートできるんだろうが、自分はそこまでなので、とりあえず手を動かしてズレをフィードバックしてからまた手を動かしてしまうタイプだ。

 また、後輩(PCができる方だと信じていた)から「10個ぐらいのフォルダを、フォルダだけ(中身をなしにして)コピーできるか」という質問を受けた。とりあえず思いついた方法として、全部コピーした後、コマンドプロンプト

del * /s

 をやって骨抜き(というか骨だけ?)にするというソリューションを実演した。フォルダ名を取得してそれをmkdirするという方が無駄がなくて本質的かなと思ったが、数秒では思いつかなかった。明日余裕があったら考えてみよう。

 仕事帰りは、聲の形のBDを買った。明日(5/17)発売ということであったがフライングしてるみたいだった。既に劇場で2回観たので、更にもう1回BDで見るかはわからない。見なくてもお布施代わりという気持ちで買った。