本体のブログの方に書いておく

 日記をさぼった。ゴールデンウィークに予定がない旨の記事を5月1日の時点で書いたが、その後怒涛の勢いで予定がきまった。福島に旅行にいったり、大学時代の友人と飲んだり、BBQ(これは元から決まっていたが)をしたりした。それらの詳細を書くのはこの日記の本意ではないので本体のブログの方に書いておくとして、今日は6日ぶりの労があった。

 相変わらず事務は、粛々とやるにしてもストレスが溜まるという感じで、一週間前に戻ってこの指示をこうしてれば…!とか、そもそもこの違いに何の意味が…!とか思うなどした。それが極限まで達すると、ジムー!と絶叫しながらオフィスを飛び出す羽目になるが、今日はそこまで行かなかった。

 この前、友人が「頭の良さはどう定義できるんだろう」と悩んでいた。それをクリティカルに表現するのは、友人にとって大事なテーマであるらしかった。自分は少し考えた後「未来を正確に予測できる能力ではないか」と答えた。短期的な未来を予測できれば、段取りが上手くなったり、無駄な作業がなくなったりして、頭が良さげな感じになる。長期的な未来を予測できれば、株で儲けられたり、ビジネスの戦略を立てられたりして、それらのことは本当に頭が良くなければできないことかなと思う。目先のことに反応するだけなら動物でもできるが、それより先のことを予測してそれに対応できるのが、人間の理性の本質であるという気がする。

 事務処理も、過去の事例からあるべきストーリーを推測したり、このストーリーでいくとここで齟齬が出るからここで修正しようというシナリオ作りを正確に(不正確ではむしろ逆効果である)予測することでいくらか悲劇が防げる気がする。

 まあ、大前提として未来予測は不可能であるし、前提となる情報が圧倒的に不足している場合が多い。なので、「未来を正確に予測できる能力」というよりも、「少ない情報から正しい答えを導きだせる能力」の方が一般的な表現かもしれない。大多数の人は先のことがわからないからこそ、予測の精度を高めるために必死で情報を集めるのだろう。見方を変えれば、適切な情報を集め、整理することにより自分の頭の悪さを補えるということである。これからも必死で補っていかなければ…。

(いかに情報を整理するかという点で、ITが果たす役割は大きい)
(そもそも情報とは何なのか、を考え出すと、情報熱力学とかあっちの方に…)
(しかし興味はある)
(大学時代にもっと理数系の分野を勉強しておけば良かった)
(今でも勉強できるのでは…)
(気力が…)
(凡人の言い訳)

 そういった崇高な話とは別に、ニーア・オートマタを買った。プレイしたばかりだがとても芸術性が高いと感じる。最近ゲームを買いすぎている気がするので、ワインを減らした方が良いきがする。